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アゴラの石の床

  • 執筆者の写真: 千葉正樹
    千葉正樹
  • 8月25日
  • 読了時間: 4分
今日はギリシアの話をしようか。国旗を持っているのはたびくまチャチャイ。
今日はギリシアの話をしようか。国旗を持っているのはたびくまチャチャイ。

このブログではヨーロッパの歴史的広場を見ていきたい。まずハンナ・アーレントらの着目する古代ギリシアのポリスにおける広場、アゴラαγοραがある。


アテネは古代遺跡の世界。地下鉄は遺跡をよけて、ときに地上を走る。
アテネは古代遺跡の世界。地下鉄は遺跡をよけて、ときに地上を走る。
アクロポリスの足下に広がる広大なアゴラ(古代広場)
アクロポリスの足下に広がる広大なアゴラ(古代広場)

 エーゲ海の乾いた「熱い」夏である。日中はペットボトルを手離すことができないし、直射日光の中に半時間ほど立っていただけで、日焼けが水疱になったことがあった。まさに語感通りの炎天。一方、木陰はまことに気持ちがいい。

アゴラの南端にはストアが一棟復元されている。ストアは一般に柱廊と訳され、間口百数十m、奥行き二~三十m、高さ十数mの屋根が大理石の列柱で支えられている建造物である。三階吹き抜けの教室を横に十いくつ連ねたほどもある空間は、この大屋根のもと一日中日蔭となり、現在は奥行きの半分が壁で仕切られて博物館となっているが、それでも風が四方から吹き抜け、足元は滑らかな大理石が冷たく拡がる。炎天下の戸外とは十度近い差を感じた。

ストアは市の場であり、各種の交渉の場や芸能の場でもあったことが知られている。要するに多目的空間であるが、多々ある目的の根本、あるいは条件として、半年も続く炎天下の都市のなかに長時間過ごせる場を提供するということがあったことは間違いない。

ストイックという言葉の元となっている謹厳なる哲学者集団、ストア学派はストアで高邁な議論を戦わせていたそうだ。それは涼しい風とひんやりした大理石の感触が彼らを誘ったからで、出発点としては、縁台や髪結床でひまつぶしに勝手なことを言い合っていた江戸の長屋のおっさんたちとそう変わるまい。

復元図左上部の細長い建物がストア。
復元図左上部の細長い建物がストア。

 

復元されたストア。観光客の涼みの場となっている。大理石の床が冷たくて気持ちいい。
復元されたストア。観光客の涼みの場となっている。大理石の床が冷たくて気持ちいい。

このストアの北には約二百m幅の広場を隔てて評議会場や公文書館があり、広場の周囲にはさらにいくつかのストアの他、神殿や裁判所、絵画館などがあった。その二百m四方ほどの不定型な広場が狭義の古代アゴラである。現代ギリシア語でアゴラとは一般に市場を意味するが、この古代アゴラは商業機能の他に、政治・情報・祭祀・芸能の機能を提供する多目的空間であった。つまり、ストアとはアゴラの多目的性をそのまま大屋根の下に集約した空間であり、広場の延長・拡大であったといえる。都市につくり残された空間、誰のものでもあり、誰のものでもない、何にでも使える空間が、すなわち原初的な所有の引き算の結果としての広場=アゴラであったとすると、その機能を積極的に評価し、〈公共〉の足し算として全天候化した広場がストアであった。

アゴラやストアに結集することを日常とする古代アテネ市民は、個々人相互の深い認知を基盤として、平面的に多様に結びつく社会構造を作り上げ、それは現在の政治システムの原型ともなっている。

しかし、現実の広場は疎外と支配のメカニズムが組み込まれてきた。アゴラ、ストアの表面上の主役は参政権を持つ成人男性市民に限定され、彼らが快適な環境のもと、政治や哲学の議論に時間を費やしている背景には、同じ広場の中で生産し、商い、運び、生きるための情報を交換する女性と奴隷たちの姿が見えていたはずだ。

広場は公共的であるがゆえに、支配をもくろむ権力の格好のターゲットともなる。アテネのアゴラにはローマ時代、アグリッパによって音楽堂が建てられ、広場の空間は失われ、自治は儀礼的なものとなっていった。ストアに集う学者たちはその時〈公共〉を見渡す視界を奪われ、それでも涼しい風の吹き抜ける大理石の上で、高邁な議論を飽くことなく続ける。その時のお尻の冷たさは何となくわかるような気がした。

ローマ時代の風の神の塔。アテネの広場はローマの広場となった。遠くにパルテノン神殿が見える。ストアからの眺望は失われた。
ローマ時代の風の神の塔。アテネの広場はローマの広場となった。遠くにパルテノン神殿が見える。ストアからの眺望は失われた。
私とかみさん。帽子は手放せない。2003年の夏である。
私とかみさん。帽子は手放せない。2003年の夏である。
無事に帰り着いたチャチャイはファニートに抱っこしてもらった。
無事に帰り着いたチャチャイはファニートに抱っこしてもらった。

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