top of page
ご覧いただいた方は、私のお客様です。ご意見やご感想を寄せいただけることで、励みになります。お気軽にお声がけください。
All Posts


震災の街をいく
名取市北釜の神社。津波に流されずに残った。左手の青い標識の線まで波は到達した。 閖上の防災公園。モニュメントの一番上が津波の高さ。 名取市史の編さんをお手伝いしている。東日本大震災の津波で市域の半分が浸水した街、海沿いの一帯には史料が残されていない。手がかりは限られている。 しかし、閖上=ゆりあげと読める人は増えた。震災以前は宮城県内でも読める人は限られていただろう。閖上にボランティアのみなさんが入ったり、マスコミに取り上げられたりする中で、失われた街、閖上は地名を人口に膾炙していった。 かつての閖上の街を記憶からよみがえらせた模型。家の名前が地元の人びとの手で加えられた。 閖上は仙台城下からそれほど遠くはない。江戸時代でも日帰りが可能だった。そこは魚影が濃く、水鳥が集っていた。仙台藩の歴代藩主は御仮屋、すなわち狩遊のための施設を維持しつづけ、時には泊まりがけで、鷹狩りや漁りを楽しんだ。そこには地域の有力者も訪れ、贈答とともに地域情報が集積する場ともなったのであろう。藩主はときに政治をも行った。「御家」すなわち行政機関であった時代である。...

千葉正樹
11 分前読了時間: 2分


モノクロームのバリ島
宿の庭に咲いていた、黄色かピンクの蘭。 花々に群れ飛ぶ蝶と鳥たち、壮麗な夕焼け、果物、極彩色に彩られた祭りの庭、バリ島は色彩にあふれている。だがなぜかこのとき、1995年12月、私はすでに馴染み始めていたポジフィルムではなく、モノクロのネガフィルムを持って、バリ島に行った。 高原の湖にはウルン・ダヌ寺院がある。空の色が湖面を染める。 バリ島の霊峰アグン山。水田と椰子の緑に浮かんでいた。 バリ島から帰ってきたらすぐにかみさんは手術を受けることとなっていた。私は修論の提出があった。そんなとき、どうしてもバリ島に行きたくなったのだった。白黒の世界にバリ島とかみさんへの思いを焼き付けたかった。 私を狙うかみさん。 撮られた私。このとき39歳。すでに白髪が目立つ。 実質的にこれが最後のモノクローム撮影となる。博物館の展示設計や地域活性化のプランニングという仕事と、大学の研究発表にはスライドが欠かせなかった。私は次第にポジフィルム主体で撮影するようになっていた。 宿の朝食。ミー・クワッ(汁麺)と果物、バリコーヒーの組み合わせ。 部屋の入口を守る聖獣像。極彩色

千葉正樹
10月18日読了時間: 4分


二条城に向き合う
ようやく秋らしくなった。京都、二条城が青空に映える。 二条城は50年ぶりの訪問となる。当時、浪人中だった私は、予備校の隣にあるという理由でこのお城に行けたのだった。中学生以来の城ファンとして、「城らしい城」を半日楽しんだ。 しかし今、改めて見直すとこの城の異様さが目につく。...

千葉正樹
10月7日読了時間: 4分


母都市コニンブリガ
コニンブリガの遺跡で思いをはせるチールとダダーチャ。 コニンブリガの一角に復元されたローマ時代の中庭。 ポルトガルの中北部、コインブラの近郊にローマ時代の都市遺跡、コニンブリガがある。相次ぐ異民族の侵入か飢渇か、コニンブリガの住民はこの街を捨てた。そして近くにできたのが中世...

千葉正樹
9月18日読了時間: 3分


かみさんの見たふたつの闘牛
かみさんのマンガでモンサラースの闘牛を。右がスペインはマドリード、ベンタス闘牛場の様子。 ベンタスではかみさんは着物を着ていったので、全国放送で紹介された。 同じ闘牛でもこれだけ違うのかという様子。まず牛が違う。モンサラースは500㎏が最大だが、マドリード・ベンタスでは50...

千葉正樹
9月6日読了時間: 1分


祭りの街に宿はなかった
赤茶けた平原の中、モンサラースは城壁に囲まれて、忽然と現れた。 旧市庁舎の2階から見た中央広場にはかつて絞首刑に使われた石柱が立っている。 イベリア半島の古い小さい町には必ず中央広場がある。2,30メートル四方の石畳の空間・聖堂・バルbar・市庁舎・旅館・井戸・絞首刑用の処...

千葉正樹
9月4日読了時間: 4分


アゴラの石の床
今日はギリシアの話をしようか。国旗を持っているのはたびくまチャチャイ。 このブログではヨーロッパの歴史的広場を見ていきたい。まずハンナ・アーレントらの着目する古代ギリシアのポリスにおける広場、アゴラαγοραがある。 アテネは古代遺跡の世界。地下鉄は遺跡をよけて、ときに地上...

千葉正樹
8月25日読了時間: 4分


仙台幻夢譚Ⅱ
母のマクラメ編みの窯神さま。母はマクラメの講師をしていた。 新築の家には親類一統から大きな窯神さまを贈るのが仙台地域の習わしだった。我が家にも現在、システムキッチンの上に鎮座している。その窯神さまをマクラメ編み(84年当時流行していた)で仕上げた母の作品。どこに行ってしまっ...

千葉正樹
8月6日読了時間: 2分


たびのくまたちⅡ―スペイン編―
ホテルで金貨(チョコレート)をもらって大喜びの左からチール、チャチャイ、ファニート。 スペイン、セビーリャのホテル、アルフォンソで、かみさんはメイドさんに手紙を書いた。くまが金貨チョコをほしがっている。結果、くまたちは金貨に埋もれた姿で待っていた。...

千葉正樹
7月29日読了時間: 2分


仙台幻夢譚
ケヤキ並木もひょろひょろしていた。 40年という時間は短くはない。モノクロームの仙台をしばらく追いかけてみたい。 アイドルのポスターを剥がそうとして失敗した跡。 一番町にあった水時計。「時計前」が待ち合わせのポイントだった。 高層ビルといえるのは県庁くらいだった。...

千葉正樹
7月27日読了時間: 1分


ノイシュバンシュタイン城の空虚感
ノイシュバンシュタイン城を見るためだけにつくられたマリエン橋から。 ドイツは豊かである。広い平原は農地と森の緑で覆われ、歴史ある都市群には中世から伝わる景色があり、街路は清潔で、人びとは穏やかに接してくれる。このドイツを象徴する写真といえば、ノイシュバンシュタイン城だろう。...

千葉正樹
7月27日読了時間: 2分


遠野の「ふつう」に惹かれて
遠野のふつうの市民だけで、素敵な舞台を創り上げる。「遠野物語ファンタジー」。 柳田国男という巨人に出会わない、日本の人文学研究者は少ないだろう。その『遠野物語』に魅惑されて、遠野の町を訪ねると、そこにはふつうの田舎町が待っている。...

千葉正樹
7月20日読了時間: 3分


ポルトガルの村の「牛殺し」
スペイン風にケープで牛を裁く村人 祭の初日、モンサラースは闘牛を行った。場所は城塞の本丸にあたる部分にある広場型の空間である。規模は町の中央広場より一回り大きく、舗装されていない。かつては城に起居する騎士たちが武技を競う、〈騎士の広場〉であったのだろう。周囲は見物席になっ...

千葉正樹
7月15日読了時間: 3分


たびのくまたち
左からファニート、チール、チールに抱かれているのはチャチャイ フランクフルトにて。リンゴ酒に夢中のチャチャイ。 アルハンブラのパラドールで。夜明けのヘネラリフェ(離宮)を眺めるチール 旅にはくまたちが同行する。最初は妻のバッグで、そのうち私のカメラバッグに潜んで。...

千葉正樹
7月15日読了時間: 1分


9.11の時、ポルトガルで熱を出していた。
2001年9月13日、アメリカ同時多発テロから2日過ぎて、リスボンのサンジョルジョ城には半旗が掲げられていた。 9.11、世界が変わったあの日、私はポルトガル南部の町、エヴォラで発熱し、ホテルでひとり寝ていた。昼過ぎだろうか、食料品の買い出しに行ってくれていた妻がテレビを...

千葉正樹
7月15日読了時間: 3分


たまには日本語から離れたい
バリ島のカフェで。10日も滞在しているとローマ字が自然に頭に入ってくる。 日本語に、それも江戸時代の日本語に浸っている毎日から、時には解き放たれたくなる。もともと文化人類学を指向していたこともあって、世界を旅しながら、いろいろと考えてきた。毎日、旅日記をつけ、数十枚の写真...

千葉正樹
7月14日読了時間: 2分


私という新人類
十和田湖畔。父母の新婚旅行先。誕生日から逆算して、私はここで生を受けたことになる。 年譜はよほど暇のある方だけがご覧くだされ。 紆余曲折の人生を過ごしてきた。仕事は6回変わった。大きい変化はふつうの社会人から研究者に転じたことにある。ちょうど40歳になるころであった。...

千葉正樹
7月14日読了時間: 2分


1984年、モノクロでスタートした
東京・大塚のまちかどで。 バリ島の仮面をつけて寝ている芸能山城組の後輩 写真を始めたのは、芸能山城組の山城祥二組頭への憧れからだった。バリ島の奥地やコンゴの密林に分け入って、撮ってくる写真の迫真性と深い洞察力にまいった。...

千葉正樹
7月14日読了時間: 2分
bottom of page