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ノイシュバンシュタイン城の空虚感

  • 執筆者の写真: 千葉正樹
    千葉正樹
  • 7月27日
  • 読了時間: 2分

更新日:7月27日

ノイシュバンシュタイン城を見るためだけにつくられたマリエン橋から。
ノイシュバンシュタイン城を見るためだけにつくられたマリエン橋から。

ドイツは豊かである。広い平原は農地と森の緑で覆われ、歴史ある都市群には中世から伝わる景色があり、街路は清潔で、人びとは穏やかに接してくれる。このドイツを象徴する写真といえば、ノイシュバンシュタイン城だろう。白亜の城は深い渓谷の緑に映え、例えようもなく美しい。

ノイシュバンシュタイン城へのアプローチはグリム童話の世界に入り込むような幻想性に満ちている。
ノイシュバンシュタイン城へのアプローチはグリム童話の世界に入り込むような幻想性に満ちている。

この城はドイツがまだひとつの国ではなかったころ、バイエルン国王ルートヴィヒ2世(1845~1886)によって、17年の歳月と巨額の国費をつぎ込んでつくられた。19世紀の、近代に現れた「中世」、そのギャップは至る所に見て取れる。

右上方の塔に見られる石落とし。しかし石を落とし、銃でねらう穴は見られない。
右上方の塔に見られる石落とし。しかし石を落とし、銃でねらう穴は見られない。

城郭とは軍事施設である。自らは頑丈な壁の奥に隠れ、銃弾を攻めてくる敵兵に浴びせ、時には石を落として抵抗する。ノイシュバンシュタイン城には、そういった装置はない。あるのは中世的な美だけである。攻撃用の開口部のない内部空間は、快適な居住空間を追求している。

明るいガラス窓の台所には、料理を国王ルートヴィヒに運ぶためのエレベーターが設置されていた。
明るいガラス窓の台所には、料理を国王ルートヴィヒに運ぶためのエレベーターが設置されていた。

ルートヴィヒはリヒャルト・ワーグナーに心酔し、この城の各所はワーグナーの楽劇の一場面を再現している。城の名称自体、ワーグナーの代表作「ローエングリン」の白鳥伝説に由来する(ノイエ・シュバンシュタイン=新しい白鳥城)。妃をめとらず、政治にも無関心な国王は、その浪費もあって、やがて「狂気」に陥ったとされて、重臣らによって離宮に幽閉されたのである。ある朝、ルートヴィヒは離宮の建つシュタルンベルグ湖で遺体となって発見された。謎の死であった。

その死から5年、ドイツ帝国が成立し、バイエルン王国は滅んで、帝国の一地方、バイエルン州となった。

城下町を持たない、ただひとりの君主にのみ仕える城。君主が永遠に去り、芸術だけが残された。
城下町を持たない、ただひとりの君主にのみ仕える城。君主が永遠に去り、芸術だけが残された。

ノイシュバンシュタイン城は空虚である。ルートヴィヒの想いだけが結晶となり、城本来の家臣らと、あるいは民衆らとのつながりの痕跡はない。しかしそこは、ある「雰囲気」に満ちてはいた。夜、観光客らのざわめきが消えたとき、空虚な空間はまた、ルートヴィヒのものとなる(2025年5月14日)。


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